脳の中で生きる


最近の日課は夕暮れ時に母と外を散歩することです。

誰もいない田んぼ道を、だらだら歩きます。

花火大会の日には、星が見えだす頃に家を出て、遅れてやってくる衝撃音を聞きながら遠くの空の花火を眺めたりします。

この間、いつもの様に散歩をしている時にふと思ったことがありました。

どこを見渡してもいつまでも自分は田んぼの中で、自然だらけの視界の中では、大きな鉄塔だけがやけに目立っていました。

昔読んだ本の中で、この世界は脳化社会だというものを思い出しました。

鉄塔を見ると計算され尽くされた設計のもと、田んぼの中などお構いなしに設置され、太い電線を地表からはるか高くに張り巡らせています。

では田んぼはどうか。これもやはり純粋な自然ではなく人間が作物を効率的に育てるための設計であり、水を張るための小川も都合よく流されています。

これら全てが私たちの生活を便利にするために、何度も計算し、何度もシミュレーションされているものだと思うと、なんだか誰かの脳内をのぞいているような気がして少し世界が面白く見えてきました。

この世界は脳化社会だというのはよく言ったもので、こうして実感すると、人間の意識や空想がものすごく複雑に絡み合った世界で生きているのだと再認識させられました。

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今日はこむふくで「hit&blow」を遊びました。

メンバーさん持ち込みのゲームで、お互いに3桁の数字を隠しもち、自分の数字を当てられる前に、相手の数字を言い当てるゲームです。

ひたすら消去法の論理ゲーム。くろうささんと一戦したのですが、相手の方が一枚上手で、2hitの段階で自分の数字を全て当てられてしまいました。

この手のゲームは負けた時の悔しさが一層で、これがよくなかったや、こうした方がもっと早く答えにたどり着いたんじゃないかなど、反省会もとても面白いです。

以上です。またね👋


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