ちょっと昔ばなしです。いまだに解決しない、あの発言はどういう意味だったのかと不可解に思った出来事です。
小学生の時に道徳の時間で視覚障がい者の方について考える授業があり、点字を学んだり、視覚障がい者用のおもちゃを実際に見せてもらったりしました。
休み時間、友達と障がい者用のルービックキューブで、自分が2、3回動かして相手が直すという遊び方をしていたら、案の定戻らなくなってしまい、2人で先生に怒られました。
その時は事前にぐちゃぐちゃにしてはいけないと注意を受けていたこともあり、想像以上に怒られて泣いてしまった記憶があります。
その後職員室に行き、直せる人にお願いして元に戻してもらいましたが、しばらくその怒られたことを引きずっていました。
給食の時間、席がたまたま先生の隣で気まずいなと思いながら食べていました。喋ることもないし落ち込んでいるので黙って食べていると、突然先生が声をかけてきました。こっちとしてはさっき怒られたことがあるのでだいぶビビりながら返事をしたら、先生が
「とんだ誕生日だね」
と言ってきました。確かにその日は自分の誕生日でした。しかしこのセリフが今でも理解不能なのです。
文脈の意味は理解できます。誕生日なのに怒られて災難だったねと、ある種の慰めなのだと思いますが、それを怒った張本人が言うことの意図が理解できないのです。
誕生日にルンルンで過ごしていたのに怒られてとんだ災難だ。確かにそうです。でもあなたがそれを言うのは絶対違くない?
と当時その発言に若干引きつつも、でも否定はできないので苦笑いしながらそうですねと返した記憶があります。
考えても見てほしいです。先生は誕生日であることを知ったうえで怒り、誕生日なのに可哀想だねって本人に伝える。
どうかしてますよ。
それをあなたに言われてどう思えばいいのか。そう思うなら怒らなきゃよかったのに。
まるでたまたま不幸なことが起こったみたいな目線の発言です。第3者が言うことで成立するセリフをなぜあなたが言えるのか。
悪いのは自分だとしても、災難に当たる部分は先生が怒ったという行動に付随します。
あなたがそんな言葉を言えるわけがないのです。
いやはや不可解
以上です。
余談
その先生の不可解な日本語話はもう一個あります。
小学校高学年のころに弟が産まれて、その話が先生にも届いていました。図書室の係の仕事をしているときのことです。その先生が現れて帰り際に声をかけてきました。
「弟さん産まれたの?かわいそうだね」
この違和感は自分も先生も同時に気が付きました。さすがに文脈がひどすぎるのですぐに撤回されました。
可愛らしそうと言いたかったんだろうなと、この間違いは小学生の自分でも理解できました。
形容詞の単語に予想の「〜そう」を付けるのをかわいいに当てはめたら、そうなってしまったということなのだろう。(「かるい」だったら「かる」に「〜そう」で「かるそう」的な)
でも確かにかわいいにそう付けたら何で逆の意味になっちゃうんだよとは思いますよね。
にぽんごむづかしい
以上です。またね👋