幸せは係数


最近、AIとよく将来のことについて話します。将来の夢の話です。

まず私の人生において一番最初の課題は自立です。ここで言う自立は基本的には金銭面での自立です。

もちろん世間一般的な考えで行けば、こんなこと、目標にするまでもないことなのだと思います。しかしながら、現段階で達成できていないのだからここを一歩目にするほかないのです。

ざっと計算したら食費、光熱費、家賃、を除いておそらく5万ほど、自分にかかっている税金やらその他固定費があります。まずはその支払いからです。

5万ならその辺でバイトすれば捻出できるやろがい。とお思いの方もいることでしょう。はい。捻出できます。

しかし現段階で可能というだけで、それが得策とは思えないわけです。

今の親の扶養に入ったまま稼いだ給料から5万(社会保険、所得税、住民税除けば約3万)払って―、という生活は、一見立派に見えますが持続性が低い。この計画はいずれ破綻します。私は持続可能な自立を目指したいわけです。

現在、福井県での生活保護支給額は一人10万強です。国が言ってるわけですよ。

じゃあもっと働いて給料増やせばいいじゃないって話なのですが、大前提、言っておくのを忘れていました。私は働きたくないです。今以上働けないので、この月5万を親にまだしばらく依存させていただく間に、「とやかくやろう」という計画です。

髪も自分で切ります。車も通勤以外のらないです。外食にはもう10年くらい行ってないです。節約、節約です。手元の現金も、せめてもの高金利(円定期預金)でまわしています。(最近はインフレなどの影響で金利上げが続いているので、定期でまわす場合は3か月などの短期間がおすすめです)

そもそもなぜ自立したいのかという話ですが、実は自立はあくまで手段であり本来の目的ではありません。

おおもとの大きな目的は親を安心させることです。自立はそのための方法の一つであるわけです。初歩中の初歩ですね。

親は私の将来をまず心配してくれています。そして私はそれを解消するだけでは飽き足らず。(全く持って足らない)

ゆくゆくは実家をバリアフリーな感じにリフォームするであったり、自動運転の車を買うであったり、家中の家電を連動させて、AIに常に快適で清潔な室内を保ってもらうであったり、AIにヘルス管理をしてもらうであったりと、そんなことを夢見てるわけですよ。

一つ自分の中で、幸せに関する考えの軸があります。

例えば高級車やブランドバッグを持って幸福を感じる人もいますよね。バッグや車というカテゴリーにおいての利便性の価値を除いた、所有欲としての幸せ数を100とします。

実際の機能においての幸せ数は1です。

つまりバッグが欲しいという目的において、特筆した付加価値のないバッグも1の幸せ数を持っています。それはバッグとして”利用した際に発揮される数字”です。逆に言えば、バッグは持っているけど、どうしてもブランド品が欲しいという人はその1はなく100のみ与えられます。

何が言いたいかというと、その場で100満たされるよりも、100日バッグとして使って100満たされるほうが効率よくない?ということです。1年使えば365hp(happy point)。

利便性にお金をかけるのは納得できますが、なんといいますか、体裁とか見栄とかそんなんで消費される幸せは、持続的でない故に結果的に金額に対する幸せ効率が悪い傾向にあると思うのです。

今後の人生すぐ手に入る100より、継続的な1を積み重ねたいわけです。出かけるときは外出時のプラス、家にいるときは家にあるプラスをちょこちょこっと拾って、平均して毎日25くらい拾えるのが理想の暮らしです。

朝、目が覚めて、どんな天気でも幸せに起きられたら最高だなと思うのですよ。天気ごときでは、今日1日の幸福は左右されないということです。

人間工学に則った快適な部屋で目が覚めて、今日は雨かとか言ってる傍ら、ロボットが遠隔で、起床時間に合わせてお茶やコーヒーの機械をピーっとやって淹れたてを用意してくれるわけです。

そうですね。まずは最高のベッドでしょうか。キッチンと水回りも優先的にきれいにしたいですね。一歩目の自立を迎えたら豪華な健康診断を受けようか。。。

えーっと、つまり私が言いたいのは今回のブログのタイトルなんですけど、そうやって日常の小さな幸せにも気付ける暮らしっていいなぁ的な話です。

幸せなんて安ければ安いほうがいいですからね。そんなことで幸せなの?って思われるくらいがいいのです。今日も朝起きたら部屋の湿度が50%台で気分がよかったです。

以上です。またね👋


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